未来予知は禁じ手
スピリチュアル業界に業界基準?みたいな資格はあるのかもしれないけれど
社会的規制はありません。
そもそも規制になじまない分野なので規制するなんておかしなことです。
だからなんでもあり。
特に霊感系の占いやワークとかヒーリングと称するものの一部で
やりたい放題になっている気がしています。

医療関連は資格等で法的に厳格な縛りがあります。
資格があるから、あるいは有名大学をでているから
優秀な精神科医や心理療法士とはかぎらない。
本物ってなんだ?
映画「ディアドクター」でも問いがある。
でも社会的な規制という縛りは大きな歯止めです。

幼児期はともかく私には霊感という能力がないのですが
確かに世の中にはそういう能力がある方というのはいて
本当に見えたりするみたいですね。

一部にはみえてないのにみえたといって騙す
そしてそれを商売にする人もいるようですが

見えない人はそもそもそういうことを思いついたりしないから
そういうことを商売にする人というのが結果として霊感商法的になったとしても、
やはり敏感体質なのはウソではないと思う。

ただですね。その見えているもの?というのをやたら絶対視して
素晴らしいものだと絶賛しているところが鼻につく。
見えないものが見えるのは、確かに特殊能力です。
だからといってその見えたものがなんで唯一絶対の
天使とかガイドになるのか
さっぱりわからない。

スピリチュアルブームのせいか今はそういう能力が憧れの的なのか
自慢できることになっているのかもしれない。
みえたら普通は隠すと思うんだけどな~。
もしかしたら妄想かもしれないって微塵もうたがわないところに驚きます。

クライアントと占い師、ヒーラー、カウンセラーと呼ばれる人たちとの関係は
8ハウス的パラサイトになりやすくパワーコントロールというものと結び付きやすい。

スピリチュアルに限らず世の中支配と被支配でまわっている部分もあるし
供依存のすべてが悪いというのでもないけど
支配被支配関係は実社会以上に強いと思います。

私は長らくスピ業界というのは支配被支配関係から最も遠いものだと思っていたのですが
最も関わりが強いところだと思うようになりました。
ものすごくパワー志向。

なぜなのか。それは情念を扱う分野だから。
欲望や闇を扱う部分だから
お金持ちになりたい。成功したい。モテたい。きれいになりたい。
パワー志向なのは当たり前ですね

ヒーラーという人に一時的に癒されたり気づきを受けたとしても
主催者にコントロールされていることなので
供依存からのがれにくいです

占星術などはロジカルなので、安全と思われがちだけど
日常生活のちょっとしたことすら、すべて星に結び付けていたのでは
生き生きと生きることからどんどん遠くなってしまう。

奇門遁甲というのは軍事目的で発展したと戦術だと聞いたことがあります。
なので非公開。
奇門遁甲に限らず占というのは歴史的にも政治目的にどうしても利用される。

未来予知とかいうものは本来、禁じ手なのではないでしょうか

目に見えるものしか認めないという物質社会の息苦しさを
解放する可能性のあるものなのですが、うっかりするとダークサイドにはまる。

スピリチュアルごとに触れるときにはそこら辺を踏まえて
厳かな気持ちで向き合ったほうがよいと思うのですが
# by 11mei | 2009-11-21 18:47 | 発破をかける
過激さより抑えた文章が効く
趣味でやっている占星術仲間の友人から謎のブログを紹介されました。
(ブログ主さんに了解をいただいたので紹介)

ブログ主さんはプロの占星術家でありながら
現実世界と観えない世界のバランスのとり方が絶妙。

(そもそも両者をわけて考える見方に最近飽きてきて
はっきり分けられるものじゃないような気がしてきましたが)

一見当たり前のことが書いてあったりするのですがじわじわと響きます。
よくある12星座別の「今週の占い」にしても
サインの枠なんて超えて読んでもいいです。

スピリチュアル業界に所属しながら、その危険性や弊害についても
静かに警鐘をならしている謎の占いライター
静かにというところがポイント
プロとして活動しているのにこんなこと書いていいの、みたいな
ことも書かれてるけど、過激な煽りやシニカルな自己顕示みたいなものがない。

朱梨のよもやま話(公式サイト内のページ

過激なこと。センセーショナルなことに人は引き付けられます。

でも、そういうのは一過性ですぐに飽きる。
急激にうんざりしてきます。

自分が所属する団体や業界の批判というのは目新しいことでもなんでもないです。
スピ業界にかぎらず古今東西よくある話
匿名性の高いネット上を探せばそういう記事はたくさんみつかります。

たいてい悪口みたいになっている場合が多くて
最初は興味をそそられてもしだいにげんなりしてきます。

この謎の占星術家 朱梨さんの文章に過激さは感じない。

確かに煽り衝動というのは硬直した事態に火をつけ
変化への突破口になる場合があると思う。
私も火つけ体質を実感しているので、そういうのもわかるのですが
ただ攻撃するための煽り、みたいなのは最初おもしろくてもげんなりします。

やはり心に残ったり後からじわじわくるものというのは
静かで落ち着いた文章だと思います。
# by 11mei | 2009-11-16 23:43
「流されるまま合気道人生」っていいかも
一昨日、NHKの「スタジオパーク」という番組で
箭内道彦さんというマルチクリエーターみたいな方がゲストで
なんだか影響を受けてしまいました。

箭内さんのことは全然知らなくて、あぁ、あの深夜の「トップランナー」の
司会やってる人っていわれてわかった。

で、「流されるまま合気道人生」というフレーズが
頭の中を廻っています。

合気道というのは相手の力を利用してとか、相手の力と一体化してとか
なにしろ自分の力ではなく相手の力を自分にとりこんでの技だと聞いています。
(よく知らないけど)

箭内さんは流されやすいタイプだったらしく、それをかつては
自分で問題だと思っていたらしい。
で、なんとか他人の影響を受けずに
自分流を確立しようとがんばっていたんだけど
パッとせず自滅していたらしいです。

で、あるとき流されるのもいいかなって思ったんですって。
他人に振り回されるのもいいかなって身を任せたらしい。
これが合気道人生の始まり
他者の力をとりこめばおもしろいことがどんどん広がるって気づいた。


そう、自分なんてたかがしれているのです。
手放しすれば他者の影響によって人生はどんどん展開する。
それには受け入れるように自分が開いていないと展開しないです。
依存するのではなく、自分が開いていて、かつ相手に関心をもつということです。
合気道人生は自分では思っていない方向に人生が展開する。

自分流とか自分スタイルに固執することで突き詰めていくなにかもあるけど
合気道人生は確かにおもしろいと思う。

これはまさに7ハウスから8ハウス、あるいは天秤座から蠍座への流れ

こそっとみたら箭内さんは天秤・蠍要素はないみたいんだけど
これはやっぱり7ハウスから8ハウスみたいな感じがする。

天秤座さんって案外潔いのかもしれないですね。
だってどのような評価を受けようと、たとえ傷つくことがわかっていても
とにかく天秤座さんはバーンと世間に自分を公開しちゃうところがあるからね。

他動人生というのはある意味、潔さがなければできないと思う。

秋分という分岐点を過ぎてからか、天秤座に土星イングレスしたせいか
なんだか流されるまま合気道人生がいいな~などと思いはじめました
# by 11mei | 2009-11-12 01:47 | (マルセイユ版)13番
天秤座ってジャッジするの?(天秤座に関するメモ)[追記あり]
気づいたり発見したりするのに本や映画などの影響もあるけれど
圧倒的に人間関係の中でが多いです。

対人関係というのは時々本当にめんどうだと感じるけど
他者という鏡がなければ自分のことってなかなかわからない。
他者との関わりがあってこそ自分を認識できる。
なので、対人関係というのはやっぱりおもしろいです。

個性とかいわれているものでもそれは相対的なものだから。
1つだけあっても個性とはいわない。いろいろな人がいてその平均があって
それとかけ離れていたりするものを個性といったりする。
ただ相対的なだけです。

こういう見方が天秤座的ってことだと思う。

天秤座というのは比較によって(悪い意味だけではなく)物事を認識する。
AとBとCがあればそれぞれの差位が目に付いてしまう

なので、複数あると認識できるんだけどただ一つだけあるものについては
認識することができないんじゃないかな。
判断できなくなると思う。

天秤座は複数の他者をみて差位を感じ比較検討します。
同時に自分さえも他者をみるように、自分さえも複数他者の同等一分子であるように
客観的に捉えることができます。

これこそが天秤座の公平性というものです。

そしてここに天秤座の苦悩が生まれます。
自分さえも複数他者と同様に捉えることができる、というのは
自分というものがない。他者に振り回される。
本当にやりたいことはなんなのか、わからなくなってしまうのです。

究極の天秤座というのは自分が好きなことすらわからないのではないかしら。

天秤はハカリ、天秤座の絵なんかみてもよく天秤をもった女性が描かれていたりする。
裁判のイメージもある。
なので、なにかジャッジするイメージがあるかもしれなけれど
天秤座は本当にはジャッジはしないよ。
なので優柔不断っていわれたりするでしょ。

あの天秤は比較検討のためのハカリであってジャッジするためのハカリじゃない。

ジャッジするとしたら、完全に自分というものがない状態で冷徹に判断する。
そこに好みとかは入らない。
削るということはせずに中庸をとるというようなジャッジ

本当にジャッジするのは次の蠍座あるいは山羊座だと思う。

そういえばマルセイユ版のタロットでは8番が裁判の女神、ジャスティスです。


天秤座はおもちゃ箱をぶちまけて複数のおもちゃに囲まれている。
そして蠍座は複数のおもちゃの中で大事なものだけを選ぶ。

エッセンス(本質)を抽出する。
エッセンスでないものは選ばない。
どれが大事でどれが大事でないかジャッジして
エッセンスでないものは処分することになる。

7というのは判断に迷っている感じがする。
あるいはちょっと立ち止まる。
自己イメージが大方完成されたところで
他者から見た自分という視点に気づく。
前半終了でさてどっちの方向へいこうかみたいな分岐点。
8は集中で、集中したことで方向性が決まる感じだ。

土星が天秤座にイングレスしたけれど、土星は天秤座でエグザルテーションなんだってね。
土星がきて比較検討のエッジがさらにきくかんじ?
人間関係の徹底的な見直しみたいにでるのかな?


[11/8 追記]

天秤座は確かに裁判に関係していると思うけど
でもジャッジをするサインじゃない
裁判に関係していると思うのはたくさんの証拠を
すべて広げるというというところ。
証拠は乙女座が分析分類して集めてきた資料で
それを机の上に公平に全部広げている
それぞれの資料はAもBもCもみんな公平にハカリにかけられる。

そこで天秤座というのは自身もハカリにかけられるのだと思う。

ウェイト版のタロットカードで天秤座は裁判の女神に関連づけられたりするけれど
天秤座は自らジャスティスになるというより、裁かれる側にたつことも
たくさんあると思う。
だって自分もAやBやCと同じような単なるDなのだから。

これは突き詰めると生き物としての情動と相反することになるので
天秤座さんは我儘に生きるということや
自分が楽しむということを思い出したほうがいいと思う。

生きる衝動の原型みたいで周りがよくわからない牡羊座とはオポジション
影の牡羊座的要素をイメージすることでバランスがとれる
でも、天秤座っていうのはやっぱり他者との関係のなかで
生きていく意義を見出したいんだと思う
孤独に弱いんだよね。
# by 11mei | 2009-11-04 22:20 | ずんずんと模索
身も蓋もなく
おしゃれなバックやお財布のお店
開店前の朝は色あせて、いつもきれいにディスプレイされているショーケースは
別物みたいにさえない。
中のかわいいお財布が無残に倒れてる。
お財布はカギのかかったショーケースにライトアップされて、若い女性の憧れの的だけど 
早朝のこの風景はすごいギャップ

おしゃれなディスプレイも店員さんも、センスのいい包装袋も
そういうのみ~んな含めて値段が決まる。価値はつくられる。
老舗ブランドみたいに素材や縫製など、品質のこだわりで信頼をつかむというのではなく
ぱっと出の人気ブランドは、ターゲットの好みとニーズをいかに先取りでつかむか
見せ方が勝負。女性誌やポスターやネット広告のうちかた
そして案外広告以上に口コミが影響したりするというからくり

身も蓋もない


デパ地下のおしゃれなパン屋さん。センスのいいエプロンの店員さんやお店のつくり
なんともおいしそうなパンたちが、おいしそうな匂いで照明に並ぶ。
1つ1つ袋に包まれて、たっぷりとグリーンレタスがのぞいている
で、家に帰ってきて裏のシールをみてみたら

あれれれれ~ 製造元 山崎製パン 
ヤマザキはシェア1位?のメーカー。
でもスーパーのイメージだ。
○○○フランスが山パンの子会社だっていうのは知っていたけど
このデパ地下のパン屋さんもそうだったのね

スーパーのパンより高い価格
スーパーとは違う工場で違う工程と素材でつくられているんだろうか
いや、多分同じでしょう
包装工程が違うけど

身も蓋もない。


どこから集めてきたのか路上で雑誌を売るおじさんたち
(ビックイシューではなくて)
昨日発売のビックコミック等を本屋さんより安く売る。
処分された雑誌を回収するのかな~
たくましいなー
おじさんたちの連携でこんなにたくさんの雑誌を調達できるのか
こういう根性があればどうやっても生きていけるよ

と思ったこともあるが
おじさんの1人が駅でスーツのおじさんと打ち合わせ?ているのをみかけた
なにかからくりがあるんだな。外部の組織とつながりがあるのかな
この集団が進出してきてから、1人で行動のホームレスのおじさんは場所を奪われた。
つながりがなければ路上を占有し大量の新品みたいな雑誌を手にいれられるはずがない。
世の中なんでもからくりがあるのさ

身も蓋もない


信じていたものをな~んだ、とはぎ落すのは
土星と天王星のアスペクトなかんじがする


シビアに露骨に虚飾を暴いて
幻滅を与えて更地にしてくれるアスペクト
なのでリストラアスペクトなんていわれてる。
ぞっこんだった恋愛が幻滅へ とかもこれかな

昨年から土星と天王星はオポジションになり
逆行や天体の進行速度のかねあいでこれは3段階あって
最終章は来年の夏あたりから


でもこのアスペクトは大事なことをみていない。
無駄なものが実は必要だというところが抜けている。


世の中の楽しみや芸術、そしてひっじょーに気恥ずかしいけど
赦すということがじぇんじぇんわかっていない。
本当はこれができたら、一番すごいことなのではないかな~


一方、反対にゆるゆる拡大の癒しと騙しのアスペクト
木星・海王星の合もあって来月くらいから年末にかけて再びキロンと一緒に合になる
この2つの大きな流れ
すごいバランスのとりかただ。

あっちを立てればこっちが立たず。


例えば、駅のごみ箱は一時犯罪抑止のために使用できないような時期があり
最近は雑誌を捨てても回収できないような仕組みになっているところも増えているけど
それは回収することで糧を得ている人の生活を奪っていることにもなるのです。

すべての人に完全な社会という発想自体が幻想だってわかっていても
その中でなんとか努力したいけれど。

世の中には必要悪っていうものがあるんだからね。
# by 11mei | 2009-10-29 20:55 | ずんずんと模索
「小学五年生」 休刊
先ほどニュースで小学館の雑誌 「小学五年生」と「小学六年生」が休刊だって
いろいろな思い出がよみがえってきた。

そういえば、うちの子たちも読まなかったな~。
「幼稚園」は3人とも読んで その後は「小学一年生~三年生」あたりまで。
「幼稚園」と並行して「ディズニー」というのを買わされて
付録がなかなかおしゃれだったと思う。 
なにしろ付録づくりにつきあわされるのが困った。
低学年は「コロコロコミック」とか読んでいたっけ。

私の子どもの頃は「小学○年生」は、病気で学校を休んでいるときにしか
買ってもらえなかった。
この雑誌はワクワク感と病気のイメージだ。
あの紙の匂いと質感
五大付録とかでパンパンに厚くはみだしている。
かけたゴムをはずすときのワクワク感。
あんなにステキな付録なのに、なぜか2-3日で折れたり曲がったりして
いつのまにかなくなってしまう(多分母がごみにしたのでしょう)

で、新聞を開いたらシンクロみたいに懐かしの牛乳瓶のふた コレクションの記事
小学校の思い出がぶあっとでてきた。

初めて鉄棒の前廻りができた日のこと。逆上がりができた日のこと。
初めて浮いてバタ足ができた日のこと
そして長い夏休みが始まる終業式の教室。

ああいうワクワク感は今はない。
でもいつかきっとまたあのワクワク感を取り戻せる気がしている。
おばあさんになったら?

誰でもワクワクした経験がある。今ワクワクしている人もいる。
生きにくい時、落ち込んだ時、あのワクワク感を思い出すと元気になれる。
これは割と効果があると思うよ。
# by 11mei | 2009-10-26 22:27 | カップの6
「がんばらなくていいよ」 と言わない
なんだかしらないけど、いつ頃からか、
努力しない、無理をしないことがよいとされる風潮になってしまった。

「がんばらなくていいよ」というハヤリ言葉(特にスピリチュアル業界で人気)
は頑張りすぎで体を壊してしまったり、「苛め」で逃げる意欲もそがれ
その場にとどまっている人に逃げていいことを伝える言葉です。
卑怯根性で逃げている人にはいいたくないですよね。


弱さの肯定のいっちゃん古い記憶は中学時代、
フォークソングが流行っていた頃
加川良さんというシンガーソングライターの「教訓Ⅰ」という曲の詞です。
反戦歌のようなメッセージソングだったと思うけど
露骨に逃げることを推奨していた。

本音で生きることへの賛歌。
そうか、弱さを認めるっていいことなんだ、カッコいいことなんだとそのとき発見した。
新鮮だった。
男の人が弱さを認めるられるってなんてカッコいいんだろう、と思った。
それに、加川良さんの容姿もね。
(イケメンになぜか魅力を感じなくてニール・ヤング似のカッコいいお兄さんだと憧れた)


あのあたりがなんでんかんでん弱さ肯定風潮の芽生えだったんではないかって思っている。

志とか信念というのも高じればこだわりや執着です。
でも普通生きてれば、あえて口外することなくそういのってあるんじゃないの。

そういうのがなんもないというのは土星的な骨格みたいなもんが曖昧なのかもしれない。
なんもなくてずっと一生楽しく過ごせたらそれでいいけど
やっぱりバックボーンがないと、外からの影響を受けやすいかな。

常に人と比較して不安になったり
うまくいかないとすぐ社会や人のせいにして
ストレスに対処できないのかもしれない。


はっきしいうと弱さ肯定風潮は
不幸自慢をし傷をなめあう賛同者で集まって、決して1人では行動できない依存的な人を
どんどん増やしてしまったような気がするのです。

愚痴の聞き役にはなるけど、それぞれ背負う荷物は各自自分で背負ってくださいよ。
悪いけど肩代わりはできません。
自分の傷に向き合うのは自分しかできないんだからね。
方向は自分でみつけて自分で超えてくださいね。
冥王星山羊座イングレスはシビアな時代ってことだ。

人はみんなそれぞれ荷物背負って生きてるんだよ。
自分だけが背負ってるって勘違いしないでね。


自分の弱さを認めるっていうことと、弱さをふりかざして開き直る ということは根本的に違う
弱い強さ。負けて勝つというのもそう。
これは非常にしなかやかな柔軟さのある強さです。
押しが強いというような男性的強さより難易度が高い。

こういう一見弱いけど強いという本当の意味をはきちがえてきたことで
どんどん変なことになってきたかんじがするんだけど
# by 11mei | 2009-10-25 11:30 | 発破をかける
占星術と私 6
遠い天体の様相が社会や個人の様相とシンクロしてるっていう占星術の見方は
既存の価値観ではおよそ理解しがたいと思う。


一つのものの見方、切り口ですよ。
占星術というのは四柱推命や紫微斗数のような命占という分野なんだけど
実に合理的な体系で、象意を社会や個人に結びつけるというのは連想ゲームみたいに
おもしろいところがあるんです。

1つのものの見方、切り口にすぎないっていうくらいのほうがいいんじゃないの?
占星術にはまりすぎた人ってなんでもかんでも星のせいにする。
なんだか信仰みたいだ。
雑誌の星占いを娯楽として楽しむ時代は健全だったんだけど
依存的な方が本格的な占星術にはまると、ちょっと盲信的とさえ感じてしまうことがある。


最近、心理占星術みたいなものはちょっと飽きてきた。
心理占星術の自分をとことん分析する視点もいいけど
自分に距離をおく視点というのがあったほうがいいと思う。
実は心理占星術をとことんやるってことは、
逆に自分に距離をおく方向に向かっていくことにもなるんだけどね。

本来占星術って種まきの時期をきめたり(その後政治目的利用もあったかもしれない)
発生においては個人を占うものじゃなかったと思うんです。
もっとおおらかな占星術っていうのがあるんじゃないかなーって
個人のチャートの縛りを意識しすぎない方向



以前から何かを狙う(個人的にも政治的にも)ことの危険性を
感じていましたが。。。
ベンジャミン・フルフォードさんの少し前のブログに、
欧米の秘密政府(闇の権力?)はずっとアストロジーと天文学で運営してきた。
なんて書いあって本当にびっくりしたよ。


ビートルズの曲がちりばめられた「アクロスザユニバース」っていう映画があるのですが
ある方がその映画を12サインの物語みたい、っていわれていて
この方の占星術への関わりは真摯なんだけど爽やかなんです。
なんでかな~と思っていたのですが
個人的なところに執着しすぎないってあたりなのかなって
みた映画を12サインの物語って思える感性というのは、マクロな見方です。

自分にばっかり関心がいく方向になっていくと1人1人が分断されるかんじになってくる。
自分がもっていない、理解できないサインについて考えることはおもしろい。
トランシットはみんなに共通でよくよく内観すれば自分にないサインも味わえる

なんかすんげーアクエリアスっぽいかんじになってきたぞ。


今ネイタル太陽にトランシット冥王星がのっかてるんだけど
これは普通は根本的かつ強制的な解体と変容の超激動期っていう意味です。

そうか、やっぱり冥王星の影響で激動期なのか
それとも、冥王星がのっかてる、という意識(潜在意識を含む)が激動をつくるのか
つまり占星術に洗脳されてんじゃね?
実は本当のところはよくわからないって思っているの。

占星術に洗脳されているんじゃないの?というのはいつもどこかにあった。

でもですね。これは占星術という突飛なものだけではなく
認知されている価値観といわれているものでさえ
案外、洗脳によってつくらてたもんじゃないかなって思っているの。


価値観というのはどういう環境に生まれ育ち
そしてどういう体験をしてきたか、という影響から培ったものにすぎない。

真理なんてどこにもない。

信仰という洗脳 文化という洗脳
(日本に生まれ育ったということは既に日本文化という枠の影響を受けている)

もっといえば科学という洗脳

科学というのは実験と検証によって築き上げていくものだから
この世界においては洗脳ではなくて真理です。
でもこの世界においてという但し書きつき、
例えば古典物理学の世界においては、っていう但し書き


人は主体的に生きていると思い込んでいるけど
ある枠の中で主体的に生きていると思っているにすぎないと思う。

映画「マトリックス」の世界観みたいに

でもですね
この世界で生きている以上
目の前のこの社会と他者とともにやっていきたいです。
なんだかわからんハイヤーセルフとかよりね。
# by 11mei | 2009-10-20 23:53 | (マルセイユ版)13番
わかっちゃいるけどやめられない
先日、借金問題のメンタル面のお話を聞いたのですが
切実に「わかっちゃいるけどやめられない」なのです

私も「わかっちゃいるけどやめられない」ことがたくさんあるので
すごくわかる。

考えてもどうしようもないことに執着してしまって
先に進めないということがよくあって、こうなると
日常のこと(特に家事)ができなくなって片付けられなかったり、楽しめなかったりする。

(追記)
過酷な社会情勢で生活や事業資金がまわらない。

でもそれとは別に社会状況とは関係ないところで
昔から借金グセ のある方というのが確実にいる。

「借金の問題は心の問題が解決されなければ本当には解決しない」
とよくいわれるのは「癖」は生き方の問題 という意味だ。

安易にカードがつくれた時代、安易に借りられた時代
あの頃、借金にはまった方たちはこれから本当に大変です。
法律改正で大手で借りられない → ヤミ金 → ソフトヤミ金
もうちゃらちゃらなんてしてはいられないんだよ。



で、またやっちまったゼ みたいな何度も繰り返す行為の
芽生えというか発端をみつめる。
多重債務のドロドロ地獄はもうこりごりだったのに
債務整理あるいは自己破産でこれからは再出発と自覚したはずなのに
なぜまた繰り返してしまうのか
(自己破産したのになぜまた借金できるのっていう社会のシクミ的問題)

どの時点でその発端の芽生えがあったのか
どの時点で、ちょっとだけ借りる(すぐに返すから借りてもいいという言い訳)
という流れに入ってしまったのか
次の時点でなぜ返すという方向に戻すことをしなかったのか
さらに借りてしまうという流れにまんまとのっかってしまったのか。

そこをそらさずみつめる
そこを妥協なく想起して瞬時単位で振り返っていく
というようなことをいわれていたのですが

瞬時単位というところがすごい!
徹底的に分析するといかに自作自演かわかる。

そもそもすべてチャラになるとかリセットっていうのがアヤシイ。
リセットってほんとに魅惑的な言葉だけど
騙されてはいけない。


で、こういうことをストイックにやるっていうのはありがちなんだけど
あれあれ~今またやってるよ。ぢぶん。
みたいに脱力系でやれたら、すごいと思う。
# by 11mei | 2009-10-17 22:43 | ずんずんと模索
人生なんてあっという間なのかも
今、マイケル・ジャクソンの子どもの頃
ジャクソンファイブを聴いていて
なんだか感傷的になってしまった。
声変わりをする前のかわいい声で、一生懸命歌っている
抜群のリズム感で、お兄さんたちとの掛け合いもたくさん
「ABC」を最初聴いたときの衝撃。
今聴いても、すごいと思う。
あの頃、ちょうど白人のオズモンド・ブラザーズっていうのがいて
比較されたりしてたんだけど、もう断然ジャクソンファイブのほうが好きだった。

大人になってからの報道では(真偽はわからないけど)
家庭的には恵まれなかったって。
でも、ジャクソンファイブのマイケルの声は
本当に明るく伸び伸びしている。
家庭に問題があったなんて、全然感じられない。
もし本当にそうだったのなら、健気でなんだかかわいそうだな~。
でも、マイケルは無理やり歌わされてたんじゃないと思う。
あんなに楽しそうに伸び伸び歌ってるんだからね。


かわいいマイケルの歌声をきいていたら
なぜか子どもの小さい頃を思い出してしまった。
まだ未成年の子が、1人いるけど大方子育ては終わった感じ。
ちょっと寂しい。
子育てに奮闘していた頃がなんだか懐かしい。
最初の子育てはけっこうポリシーとかあって、一生懸命だった。
夜寝る前は必ず絵本を読んであげたし
チョコレートやキャンデーも幼稚園に入るまで食べさせなかったような気がする
公園にも毎日いった。
二番目の子育ては、ずっと力が抜けたけど、この子はべたべたにくっついて眠る子だった
兄と一緒に兄の友達とも公園で遊ぶ。おしゃれで、ある時期スカートしかはかなくて困った。
フリルつきのズボンをみつけてきてやっとはいてくれた。
そして三番目の子育ては、力が抜けきってしまい気づいたら大きくなっていた。
寝かしつけたという記憶もない。
気づいたら台所で寝ているので(洗い物をしている私のそばに近づきたい)
抱っこしてお布団に運ぶだけ。それでも目を覚ますこともない。
上の子の影響でチョコレートなんて1才で既に食べていたと思う。
わざわざ公園になんて連れていかない。

3倍大変になるということはない。
きょうだいの力というのがあって、きょうだいが育ててくれるという面がある。
あるいは、きょうだいの友達や友達のお母さん
小さい頃、下の子というのは上の子と一緒にいることが多いので、
最初から雑多な環境に身をおくことが多いと思う。

雑多な環境がいいわけでもない。
誰にも邪魔されずに思いっきり一人遊びにはまることができるというのも
大事なことだと思う。
これは自立ということにも関係あるんじゃないかな。

いろいろな人がいろいろな子育て論を展開してるけど
子育てにマニュアルなんてないと思う。
そして、親はなくても子は育つ的なところも確かにあって
すべてを育て方に結びつけるのは
なんだかな~と思う。

もう延々、こんな状態が続くのかと思ったけど
「あっという間よ]とよくいわれたけどその時はわからなかった。
それどころじゃなかったから

でもあっという間だった。
# by 11mei | 2009-10-12 23:07 | カップの6
不謹慎だけど
一昨日は台風の影響で、定期路線じゃない路線を乗り継いだので
1時間半くらい遅刻してしまった。
帰りも復旧してなかったので1日大変でした。
で、実はその前の日も事故で振り替え路線できたので2日続きで疲れた疲れた。

事故による遅れだと、その路線を利用している人以外知られていないので焦る焦る。
でも、台風でJR東日本全面運休とかってなると
これは許してもらえるなーというかんじになる。
大変だったでしょ~などといってもらえることもありウレシイ。テヘっ
非常に不謹慎だけど全面運休というのは、お祭りみたいな高揚感がどこかにあって
疲れるけど、ちょっとわくわくする。って私だけ~!


子どもの頃、台風の夜というのはものすごくワクワクしたものだ。
母が懐中電灯とトランジスタラジオというのを枕元に用意している。
夜中に雨戸のガタガタという音で目をさます。
家が壊れるんじゃないかと思うほどの強風
夜中のラジオの台風情報は何ともいえない高揚感があった。
非日常だ。いっそ夜が明けないでと思った。
なぜ台風って夜にばかりくるんだろう?
明日の天気しだいでお休みもありますって先生が言っていた。
これぁ休みに間違いない。って嬉しくなって眠ってしまったら

朝、見事に晴れている。そんなはずはない。
朝から憂鬱だ。
台風一過の晴天です、などとテレビでやっている。
気落ちしながら食べたくない朝ごはんを食べる。
あんなにすごい嵐だったのにこんなことになって残念だったね。

学校へいく道にはたくさんの折れた枝が落ちていて
いつもと違う風景がおもしろかった。
そして学校へいったら、昨夜のことは忘れていた。
そういえば「ちびまる子ちゃん」にもあったけど、
私は台風一過を台風一家だと中学生くらいまで思っていたのです。

事故とかで電車がとまって知らない駅まで歩いて移動する人の群れ
こういうときなんだか連帯感みたいなものを感じてしまう。
あれ、隣にいた人今度の電車でも一緒だ、とか思う。
お互い大変でしたね、と心の中で言う。
# by 11mei | 2009-10-10 11:36 | 私だけ~?
レンコンの食感が好き
大さじ何杯とか字の分量が多い料理本は頭にはいらない。
写真が豊富だと頭にはいる。
最近はネットでさまざまなレシピが紹介されています。
その通りにつくるんじゃなくても
ただ眺めているだけでもいろいろとイメージがふくらんできます。


料理研究会の枝元なほみさんが料理は五感をとぎすましてつくるものだ
というようなことをいわれているのを以前、新聞記事でみてなるほどと思った。
その記事は枝元さんの波乱万丈の人生を落ち込み期、どん底期、るんるん上昇期、
とかグラフにしていて、おもしろかった。
自分を客観的にみることができる人なのだ。
テレビでの様子も気さくでエラそうなところがなくて
とても感じがいいです。それにかわいい。

枝元さんは、きっと食べることが大好きで
その好きなことのために五感をフル活動させるのでどんどんアイデアが
おりてきてどんどんオリジナル料理がでてくるんだと思う。

私はそこまで食べることに情熱はないんだけど
冷蔵庫になにがあるかをみて、なにがつくれるかをイメージする。
本当はこれ食べたいって思ったら、その都度買い物にいって調達してくるところから
はじまるんだろうけど、忙しくて無理。
生協でテキトーに買いだめした食材で
お惣菜の作りだめもしなければならない。


おいしいお料理の秘訣は
お腹がすいていること。これかなり重要だと思う。
(お腹がすいているとき買い物いくとお金をたくさん使ってしまうので注意)

お腹がすいていないとき、家族のためにとかいって疲れた体でキッチンにたつのは
よくないパターン。
といっても、そういう羽目になることが多い。

お腹がすいた。食べたくてしょうがない。あれをいれてこれとあわせて
あの調味料をつかって、とアイデアがわいてくる。

家族に何が食べたい?なんて聞かない。
つくる私が食べたいものがいっちゃんいいにきまってる。



便利になりすぎて五感をフル活動というのが弱くなってるんじゃないかしら。
昔は電気もガスも水道もなく、もちろんPCもなく
夜は真っ暗で外へでたらオオカミがいたり(明治くらいまで日本にもいたらしいよ)
森なんて危険きわまりない。
自分で自分の身をなんとかする、というのが今よりずっと切実だったのだから。
サバイバル生活というのは、五感と第六感をとぎすませないとできない。

昔の人はきっと五感をフル活動させて生きていたと思う。
そして感覚に忠実だったと思う。身体感覚が鈍くなると生存を脅かされるからね。

理科で習った古い脳とか新しい脳とかいうのあったけど
新しい脳は大脳皮質だっけ
一番古いのは脳幹で基本的生命維持みたいなところ。
脳の3層構造という説によれば
感覚というのは2層目?
快と不快。好きと嫌い。牡牛座および2ハウス関連。
古い脳に建て増しして新しい脳ができているのなら
階層上になってるんだから、やっぱしベースのほうが大事なのさ。

便利になった分、鈍くなってると思うよ。五感もそして第六感もね。

でもですね
だからといって昔に戻れとか自給自足とか
お金のない世界とか、
という極端な方向に一部のスピ系や環境問題活動家の方々って
いってしまうところがあって、そしてそれを強要したりするので
はっきしいって困ります。


枝元なほみさんが自分の人生をおちょっくってグラフにしたのは知性。
自分を客観的にみれるっていうのも知性です。
タロットカードの戦車の2頭の馬。
両方必要で両方で制御している。

たしかに知性偏向の時代が長すぎて息苦しいですけどね。
バランスが悪い。

自分の感覚を大事にしよう。
感覚に忠実に。
# by 11mei | 2009-10-06 15:15 | ずんずんと模索
「荒井由美」よりず~っと遠い記憶

「荒井由美」さんはスーパースター
ああいう曲はそれまでは日本になかった。
それにおしゃれだったしね。
彼女のお洋服にも憧れた。そして真似をした。

結婚されてからも、ユーミンとか松任谷由美とかいわずにかなり長いこと
わざと荒井由美が と呼んでいた。
それはメジャーになる前から知っていたのよ、というこだわりだったのかもね。

シンガーソングライターというのが流行って、その流れを作った人
洋楽ではキャロル・キングとかカーリー・サイモンとかジェームズ・テイラーとか
キャット・スティーブンスっていうのもあったよね。

いわゆるJポップの流れを作った人
中学の頃、キャロルキングにはまっていて
荒井由美の声ってちょっとキャロルキングに似ているな~って思ってたのは
私だけ~?

最近の癒しマイブームは
初期の荒井由美とジョン・コルトレーンのバラッド

モダンジャズを聴くようなった頃、コルトレーンは既に故人で
伝説みたいになっていました。

新宿のDIGで横揺れしてたスレンダーなお兄さんたちって
今どうしてるのかな~。メタボなんだろうか?

ズージャはなぜか横揺れになるの。
4ビートのスゥイング感っていうのは、ずらしてためるところに
生まれるんだと思う。
それが横揺れ。

で、この人はどんどんフリージャズになっていったらしい。
晩年(亡くなったのが若いけど)「至上の愛」とか「アセンション」というアルバムをだした。
ジャズ喫茶で流れているぐらいで、意識的に聴いたことはない。
なんだか退屈で疲れそう。

そう、アルバムが「アセンション」っていう名前だった。
スピ系で盛り上がってる例のアセンション?

私は、3年くらい前に初めてこの概念?を知った。
別に、というかんじでたいして興味をひかれなかった。
でもこの言葉、どこかで聞いてた気がしたと思ったら、そうか、コルトーンだったんだ。
晩年、コルトレーンはなんだか宗教がかってきて変になった。ついていけない
といわれていたって聞いたのは、こういうことだったんだ。
この人はきっと求道者だったんだと思います。

似たようなことで、アカシックレコードの話を3年くらい前に
聞いたときも、どこかで聞いたことある話だと思った。
あれは学生の頃に読んだ筒井康隆の短編にでてきたんだと思う。
小説の内容は忘れちゃってるのにこのアカシックなんちゃらの記憶は
ずっと残っていたくらいなんだから、惹かれていたんでしょう。


あの頃の渋谷の公園通り、道玄坂、ファイアーストリート
六本木のメビウス、湘南や千葉の海
波乗りダウンタウンボーイ、カーステレオからはマービン・ゲイのWhat,s going on
音楽聴くと、あの頃に戻るというのはつくづくわかる。


でも本当は
そんなところに根っこはない。
思春期なんてウソくさい。もっともっと深いところ。

私のナリソコナイルーツを18歳で占星術と出会ったことって
長ら~く勘違いしてたけど全然違ったのでした。

も~っとず~っと前
恋愛はおろか、男女の区別すら混沌としていた
5歳前の体験からきてるってどんどんはっきりしてきました。

5歳前の現実の体験と現実とは思えないようないくつかの出来事
長い間忘れていて意識にも上らなかったこと。
ここ数年、それをなんとなく思い出してはいたけど、

ナリソコナイルーツはここからきてる。

あの頃の体験と衝撃。
でも、私は現実に適応できるようにトンネルをくぐった。
それと引き換えにあの頃もっていた何かを失ったと思う。

タロットカードの愚者から魔術師へ

いろんな経験をする前の「あの日にかえりたい」

経験をつむというのは、よいことのように思われているけど
必ずしもそうでもない。
知識だけではない経験によって人は学習していくんだけど
逆に経験を通して、どんどん頑固になっていくというのもあると思うよ。

幼稚園いく前の子どもの感じていることが、案外真理だったりする。
気をつけよ~っと

ところで、アセンションって
アカシックって
それがどうかしまして?
# by 11mei | 2009-09-27 23:07 | (マルセイユ版)13番
「にっぽん紀行」のテーマ音楽がよすぎ
今、NHKのにっぽん紀行という番組をみるつもりがなくみていたら
すごくひきこまれた。
大分県の遊園地のアヒルの競走のお話。
内容もよかったんだけどテーマ音楽がよすぎだ。

なんとも癒されるピアノ曲
この曲、弾いてみたい、楽譜売ってるのかな?

で、なんていうんだろう、って最後をみてたら
字幕にテーマ音楽 ウォン・ウィンツァンってでた。

「新日本紀行」もたまにアーカイブスでやっていて、あれもシブすぎだ。
富田勲さんのテーマ曲、大好きだった。
タモリさんもネタにしていたと思う。
あれを聴くと、日本の郷愁っていうのがぐんぐん迫ってくるよ。

「にっぽん紀行」(新日本紀行じゃなくて)のテーマ音楽も聴いてみてね。
最初と最後に流れます。

この番組は、新日本紀行とかと違って不定期にやってるみたいで
明日24日の夜7時半からもやるみたいです。
NHK総合です。

しみいるようによいです。
# by 11mei | 2009-09-23 20:39 | カップの6
占星術と私 5
このところ、体調を崩していたことも連動しているのか
内面の崩壊現象みたいなものが顕著でした(現在進行形)
占星術と私とか 悪戦苦闘している現実世界と観えない世界とか
太陽が照らす昼と太陽が沈む夜とか 

私は非常に中途半端なナリソコナイで、両者との間をいったりきたりして
どっちにもなりきれず、両者とも批判したり容認したりというところで、いろいろあったのですが

ここへきて(つい最近)占星術という体系との付き合い方に修正がかかってきたような気がします。

ネイタルチャートへの関心があまりもてなくなってきたのです(自分も他者も)
もともと、他者のチャートをみることに抵抗があり
特に身近な人のチャートはみたくないというのがありました。
でも、もちろん自分のチャートには関心があった。

占星術は人間を知るツールだから自分にも他者にも理解が深まる。
他者の不快な行動の原因がチャートをみれば納得でき、
だからこそ他者を許容、受容することができ
よりよい人間関係につながる良いツール
こういうカウンセリング的な使い方はよくいわれることです。

であっても、それって他者を色眼鏡でみることじゃないの?というのがずっとあった。

色眼鏡でみるというのは、この人はこういう人だから
というのを最初から決めつけているということです。
まだ、相手が占星術を知っている場合はいいのですが、こちらだけが知っている場合
占星術というツール(武器)で人とつきあうというのは
傲慢で相手に非常に失礼な気がして、どうもだめでした。

なので10年以上封印していた時期がありました。
その間、封印どころか全く忘れて子育てに奮闘していた時期が何年もあります。
その後再び占星術と関わりあうというところへ戻ってきたのですが。。。

自分のチャートにまで関心がなくなってきたのはつい最近で
こういう変化は初めてです。

私にとって占星術もタロットも未来予知というよりは
内省、内観のツールという意味合いが強かったのですが
そういうことにこれを使うということさえ、もういいかもってなってきた。

占星術というのは私にとって既に土星的なものになっています。
世の中の現象や自分や他者、
なんでも四元素とかサインという見方で捉えていたところがある。
例えば家族や職場の人々(自分を含む)を天体に置き換えて、
そこで織りなされる人間関係はアスペクトのよう みたいにね。
(これは実際にチャートを重ね合わせるって意味じゃないです。
そもそも他者のチャートなんて知らない。
色眼鏡は抵抗があるのでただアスペクトを感じるという意味です)

でもちょっとここへきて飽きた かんじになってきました。

これが太陽に冥王星が重なるってこと?
土星と天王星のオポジション?そして海王星キロンの合がプログレスを刺激している。
プログレス月は12ハウスの終盤だからもう解体状態。

占星術は確かに私の中で土星化しています。
土星というのは骨格だから、私の中の骨格が崩れる。
新たなバックボーンを構築し直してるのかな。
それがなんだかまだわからない。

人はパンのみに生きるにあらず、というのは子どもの頃から変わっていないので
行動はともかく内観的なところはありますが
内観しても占星術はだんだん使わなくなったりして
ちょっと離れたい、なんだか飽きた、っていうのは自分でもびっくり!
(一時的なものかもしれないけれど)

以前の封印は意識的にした封印。もし本当にこれに飽きたのなら今度は封印じゃない。
自然に剥がれおちるってかんじなのかもしれないですね
# by 11mei | 2009-09-22 09:40 | (マルセイユ版)13番
天文学は偉い母 占星術は愚かな娘
前回の続き

占星術を象徴する天体は天王星ということになっている。

(と書いたけど、そういう説はなかったと思います。
間違いです。
なぜかこれを書いているときそう思い込んでいました。
キロンが占星術を象徴するという説はありますが) 9・18
 

天王星というのはサブカルチャーを象徴し体制にたてつくもの。
そして体制を超えた、普遍性を目指したい。
なので占星術もローカルルールをぶち壊すのでメインにはなれない体系です
(私のなかでは土星化してるんだけど)

子どもの頃、が買ってくれた天文学とギリシャ神話を織り交ぜて書かれた子ども向けの本に、
天文学は偉い母、占星術は偉い母から生まれた愚かな娘 
というケプラーの言葉があって、占星術って星占いのことでしょ。

なんで、こういうマジメな本にいきなり星占いがでてくるんだろう?
まー起源は天文学も占星術も同じで、
昔は学問体系とか厳密になかったから、ごった煮状態だったのだと思う。
(ごった煮はいいよ。ごった煮を見直そう)

まさか18歳でこれにはまり、その後非常にこれで苦しみ(笑)
この枠からでられず、数々の変遷の元になるとは思ってもいなかったのですが。。。

占星術を世の中に広めよう、とか認知させよう、という動きもあるけれど
おおっぴらじゃないほうがおもしろのさ。
やっぱりこそっとやるもんだ。
こういうのは白日の下にさらす、というのはふさわしくない。

占星術とかタロットがメインになる社会というのは健全ではないと思うのよね。
こういうのはみんな、人智を超えた宇宙のリズムとか大きいなるものの支配下にある、
という体系で、根底で個人の能力を謳歌する方向とは流れが逆になります。
4ハウスの大きいヴァージョンみたいなかんじなのだな~。

大いなるものの支配下、太陽は東から昇り西に沈み
夜は一転闇になる。月の世界。

でも大いなるものの支配の中で、人は忙しく悩む苦しみ楽しみ遊ぶ。

普段は支配されてるって気づかずに
あくまでメインはそこにこだわりすぎずに日常を悩み苦しみ楽しみ遊ぶ。
を味わって生きていくことではないかしら。
だってそうじゃなければ生きていく意味ないじゃないですか。

みんな、悟り開いたみたいな宇宙細胞説になっちゃったら
戦争もないけどなんの変化も進歩?もない。


な~んだ、個としての自我って宇宙意識の細胞だったのね?なんていうのは
死ぬときわかればいいよ。
私もじぇんじぇんわからん。


ただなんとなく程度に意識してるくらいがちょうどいい。
そして、行き詰ったら
「な~んちゃって」とつぶやこう。
これ効くよ。
な~んちゃってロールプレイングゲーム
# by 11mei | 2009-09-17 13:19 | ずんずんと模索
土星と天王星のオポジション 2
爆笑問題の番組で「20世紀少年」の浦沢直樹さんがでていたんだけど
これこれ、という共感場面がいくつもあって嬉しくなった。

浦沢さんは常に自分のやりたい過激?なこと(天王星)と
世の中に受け入れられること(土星)
との葛藤の中で作品を作り続けているようです。

でもこれって普通でもよくあることですね。
自分の思う方向と組織としての方向が違うとかね。
世間に迎合した作品はつくらないとかね。
別に仕事じゃなくても、家族のしきたり的なものがウザいとかね。

ただクリエイティブな職業だとそれは常に強く意識するテーマなのでしょう。
だって創作っていうのはオリジナリティってことですもの。

で、浦沢さんは貫きつつ受け入れられる事を考えている。

世の中というのは土星の枠だ。

アーティストとか特殊な才能のある方々は、土星の枠なんて超えてしまう。


でもなんらかの作品にするということは、そういう超えた意識を
形にするってことだから、一方で土星的要素がなければできないと思う。

土星を意識できないと、とても困る人になる。

漫画家だったら、締切日を守るとかは必須でしょう。

特に歯止めのきかない海王星は困る。
周りを振り回す。周りに尻ぬぐいさせる。

才能とかカリスマ性とかボケキャラでなごませるとか
周囲がそれを認めてしまう場合がある。
天然の場合はもうしょーがないなーってかわいいです。
でも本当は狡猾でわかってやってるんだって気づいたことがあって
こうなるともう逃げるが勝ちね。関わってはいけない。


占星術的に土星というのは、節度とか折り合いとか基礎的なしつけといわれているものです。
ただ私は占星術とのつきあいが長いので、物事を占星術の体系で
認識する傾向があるんです。なので土星を引き合いにだしているんだけど。

話とぶけど、こうやって占星術の体系で物事を認識するというのも
これはこれで私のなかの土星の枠です。
占星術という体系は認知されていないものだけど
でも、私のなかでは長年やっているので土星的になってしまっています。

なので、占星術という体系にこだわるというのもなんだかな~って最近思い始めてる。
(これについてはまた書きたくなるかもしれない)

話戻して
世間や親は大きな壁だからこそ、土星なのさ。

浦沢さんは子どもの頃から好きな漫画がマニアックで、暗く売れない傾向のものばかり、
そんな自分が漫画家になったら売れない路線まっしぐらだ。
こだわりを追及すると「ガロ」路線になる。
売れない、というのははっきりいやだと思ったんですって

ぶつかる寸前までぎりぎりカーブきっても、際でハンドルをきって路線(土星)に戻す

すんごくわかるなーと思った。

そうやって何度も何度も煽ってね、揺さぶりかけていく。
最初はジャブみたいなかんじで。反応みつつやる。
天王星的なものは必ず反発があるけど、なんども揺さぶっていくと
世間もしだいに慣れてきて、説得しやすくなるっていうのは確かにある。

家出をするには準備するでしょう。
成功させるにはそれなりの準備と根性が必要だ。

この準備っていうのを柔軟サインでやってるかんじがする。
活動・不動・柔軟 という流れは
活動サインでカコーンと打ち出し、不動サインで定着させ、柔軟サインで調整するってかんじだから。

土星と天王星のオポジションはシビアでキツいアスペクトだけど社会構造の変革の象徴です。
天体の運行する速度や逆行のかねあいで、このオポは3回あるので2年間くらい続きます。

昨年春くらいだっけ。サブプライム問題が取り沙汰された頃は
経済評論家みたいな人まで、冷静にとか一時的なものだって発言していたこと、覚えています。
経済のことはよくわからない。
でも、信用バブルはサブプライムに始まったことではなくず~っとたまりにたまっていて
それは先延ばしにしている「つけ」だからいつか崩壊するのは当たり前ですよね。
検証しようとすること自体、恐ろしいので専門家はわかっていたんだろうけど
いつ崩壊するかっていう時期まではわからなかったと思う。
自分が死んでからとかね(笑)

進んでいるときは進みっぱなしになってるしかなく止められない。

ついに信用取引バブルは一気に崩壊しリーマンショックがおき
みんなが世界的な金融危機だって、大騒ぎになりました。
ちょうど1年前、この頃が最初のオポジションの時期です。

今回はセカンドです。
佳境は2010年の夏あたり、天秤座と牡羊座でおきる。
天王星(牡羊座)は木星とも重なり、冥王星(山羊座)をはさんだTスクエア
土星は確実なのでどんくさい印象があるけど、土星も天王星ももともとシャープな天体です。
それが活動サインでTスクエアをつくるのでかなりエッジがきいています。

ずっと土星・天王星のオポは乙女座と魚座です。
6と12だからもう本当に調整しまくってなかなか決まらない。
揺さぶって揺さぶられて揺さぶって揺さぶられて。。。
漂流している。
すったもんだの末に天秤座と牡羊座にはいっていくかんじがする

1と7でとっても目立つ、ホロスコープだと7の入り口でベクトルの向きが変わる。
一番目立つかんじのオポジション。
ここへくると変革の方向がはっきりしてくる流れになるのかな。
攻略目標がはっきりしてくるってかんじ。

で、浦沢さんはサブ(天王星)とメイン(土星)について語っていて、
サブカルチャーはいずれ体制になり、そのとき
新たに台頭してきたサブカルチャーと対峙することになるって

そうなんですよね。いつの時代も世の中この繰り返しだ。
子どもが立ちふさがる父を超えるというお話
サブカルというのはず~っとサブカルではない。
なので、浦澤さんはもうサブではないのだ。
淘汰され残っていくものは、もはやサブカルチャーではなく体制だから。
なんだけど、コミックという存在自体がメインではなくサブなのだから
浦沢さんさんには本来なんだと思う。


野党だった民主党が与党になった。連立政権もできた。
世の中、この繰り返しです。

長らく続いた体制の闇の膿だしは既に始まっていますね。
新しい体制が本格的に稼働するのはまだまだ時間がかかりそう。

政治のことも鳩山さんのこともよく知らないけど
鳩山さんって、無駄に笑わないところはいいと思う。
へつらって笑う政治家は信用できない。

鳩山さんの奥さんは知っていますよ。鳩山幸さん
「ムー」という、天王星な雑誌のスピリチュアル対談みたいなので
ずっと聞き手をやっていて、政治家の奥さんがこんなんにでてて大丈夫なんかな
って立ち読みしていたことがある。

で、浦沢さんがいったことですごいなーと思ったことがあって
漫画を描いてて脱臼しちゃうんだって。
のめりこんでのめりこんで、これ以上いくと危ないでも快感みたいな境地になることがあるんですって

こういう境地になったときってどんどんいい絵が描けて、
どんどんアイデアが下りてくるんだって。
でもそこ入っちゃうと、翌日スンゲー調子悪いんだって。
それがわかってるから、そうなる寸前に戻すようにしてるんだって。

こういうのがやっぱし天才っていうんだと思う。
でも普通の人でも、私でもちょっとそれわかるっていうのがあって
のめりこんでいくと、疲労困憊なのに精神が突き抜けちゃうかんじになって
さらに入っていくっていうのは少しわかる。

そして、長くなるけどもう一つ
浦沢さんみたいな才能あるクリエーターでも、
これこそオリジナル、これに気づいたのオレ世界初、スゲーぢぶん、とかと思ってたら
昔誰かがやったことがあったって知るっていうはなし
オリジナルっていうけど、既に昔のどこかの人は気づいていた。
その手は使われてましたよ、っていうこと。
射手座の第3区分あたりのサビアンに関係してるみたいなかんじだ。
そうかもしれないなー と思った。
# by 11mei | 2009-09-12 12:35 | ずんずんと模索
8ハウスに関するメモ
7ハウス天秤座では誰に対してもそつなくつきあって対人関係も広がったけど
8ハウスに入るとそうはいかない。

8ハウス蠍座は特定のなにかと深~く結び付くことがテーマだから。

なぜゆえに深く結び付く必要があるかというとそれは、
変容するためであります。


自分の殻を破るというのは、自分ではできない。
自分以外のなにかとの深い関わりで、それを破ることができる。

天秤座は自分を認識するために他者という鏡を使う。
次の蠍座では自分の殻を破って違う自分になるために他者を使うのです。

他者に破ってもらうとき(破れるとき)確実に傷ができる。

例えば「ぢぶん、いけてる感」とかプライドとかがたたき落とされる場合もある。

新しい自分になるとき、こういうプライドは邪魔なんですよー。
捨てちまえ捨てちまえ イエー!

解体刷新は12ハウスのテーマでもあるけど
12ハウスは、もうなにがなんだかわからない解体。
で、8ハウスの解体は執着を無理やりはがされる感じなので苦悩が深いかんじがする。

蠍座は固定サイン。自分と他者を閉じ込めるためには固定サインじゃないとね。
でもその根底には変容の衝動があるから、それは引き裂かれるようなかんじになる。

固定サインが変容するというのはどう考えても痛みを伴う。
次のサインは射手座ですもの。

更地んなってーしまおうー♪
経験なんてーお荷物ー♪ (奥田民生調)

民生ちゃんも投げやりに歌ってるよ。
どうあがいても、最終的になるようになるんでありんす。
ドンマイ、ゆだねてごらん。
蠍座のルーラーは冥王星です。

で、殻破りにいっちゃん手っ取り早いのは恋愛です。
お互いの殻は侵さない7ハウス型恋愛もあるけど
(恋愛5ハウス説は楽しむ恋愛、本当の関わりはでてこない)
8ハウス型は変容するまではとことん煮詰めるから
自分も相手も安泰ではいられない。

他者から自分にはないものを奪って(与えて)変容するってことなので
8ハウスには精神的なものだけじゃなくて、他者のお金っていう意味もあるんですね。
遺産とか相続とか地位の継承とか。
物質的なものにしても精神的なものにしても、どのみち8ハウスには
継承っていうのが関わってくるから、それは縛られるってことだ。

蠍座はパラサイトのサイン。
相続は自分で稼がなくてもお金が入る、から楽と思われがちだけど
それは縛られるということと引き換えなのだ
お妾さんやひも はパラサイトで楽だけど縛られてるってことでしょ。

深く関わるものは人じゃなくてもいい。溺愛しているペットとか
とことんかけていいと思える信条とか団体とかも入る。
強烈な体験を伴うものなら、恋愛に限らないです。

8ハウスのマイナス面を象徴しているのはカルトと呼ばれるものです。
カルトからの脱出というのは「アルカラトラズからの脱出」みたいにシンドイことだと思う。

中にいる人たちは
自分たちは、一般人とは違うとか、高尚なことをしているとか、
今は理解されない宇宙的スケールでものをみているとか
選民意識をもっている場合もある。

呆れるほどの勘違いなんだけど、一途ともいえる。一途というのの裏の顔は依存だから。
だって外がみえないんだもん。密閉状態だから。
物理的に山にこもってとかもあるけど、
自分で自分を密閉状態においているのでどんな状況でも密閉なのだ。

マルチ(ネットワークビジネスというカッコいい名前を看板にしてる連鎖販売取引)
自己啓発セミナー、占い依存症、魔術団体(ワークと称するセラピー的なものも含む)
霊感商法 (マルチは蟹座ともかぶるかな)
もっと普通のことでは、掟みたいに結束したサークル活動や研究室とか会社とか


ヒーラー?という人に癒してもらう、というのはその人にマインドコントロールされるってことでもある。
教祖とかに依存しているのも同根。

一方で依存したい想念を利用してお金儲けをしている人がいることで成り立つ。
そこでは支配、被支配の関係が一般社会よりず~っと強く、パラサイトだから
エネルギー?もお金も湯水のごとく吸いとられちゃうことになる。


セラピーというのは本来は自分で自分を癒すことなのではないでしょうか。
自分に気づきがなかれば、本当には癒されるはずないじゃないですか。
辛い時、一時的に利用することはあってもそれはきっかけにしかならない。


8ハウスにはなんとなく反社会的な雰囲気がある。
だって8ハウスは深く入り込むことがテーマだから、
深入りするところを間違えると反社会的になるのは当然なんです。
反社会的ではないとしても、そこには必ず傷があり痛みと向き合う過程がある。
そしてプラス面をいかせれば、ものすごい解放と突破ができるよ。

だっていったん、更地になってーみよー♪ なんだからさ。
本に書いてある「死と再生」です。

私はどうしても、解放とか幸福?とかっていうのは、清廉潔白に追い求めてたどりつくんじゃなくて
ベクトルが逆の闇のほうにどんどん入っていって、
うわw、これぁひでー みたいな苦悩状態の末に
たどりつく、ある種の「あきらめ」なんじゃないかと思う。


ホームレスの人は自由を求めて、っていうのは今はほとんどいないでしょう。
雇い止めとかでも増えてると思うけど
借金で逃げるしかなくてああいうことになっている人たちも多いんじゃないの?
理由はどうであれホームレス経験ないのに、高みの見物でおこがましいけど
ホームレスに限らず「とことん堕ちた人」というのは「聖」と隣あわせにあるような感じがする。

8ハウスはスピリチュアルというものと関係が深いハウスです。
深く入り込むという特性ゆえに
耽溺的といれるほどの依存、トラウマや嫉妬とも直近にある。

12ハウスと同じくらい取扱注意なかんじがする。
(そこいくと4ハウスは安全だよ。これはこれでうっとーしいけど取扱注意なかんじではない)
でも8ハウスを経験するということによって、人は深みをもつことができる。

本当はいい悪いっていうのもタロットカードの正と逆
コインの表と裏みたいに同根の主題の裏表だけなんだと思う。
なので、いいも悪いもないっていう意見もあるけど
人としてこの世界に生きている以上、マイナス面にはまらないようにしようと思う。
楽しく生きたいしね。

8ハウスってもっと身近なところでは茶道や華道の家元制みたいなかんじ
高度成長時代の企業戦士が、会社のために骨を埋める覚悟です、とかいうイメージです。

6ハウスのお勤め職場との違いは、その組織に強い愛着をもっている みたいなところ。
6ハウスは7ハウス、社会デビューの前の訓練の場だから
それは、奉仕し実際に役立つことをする、というかんじで自分の訓練。
なので奉仕する対象に傾倒しているというのはあまり関係がないのです。
1から6までは、自分というものを自分自身で掘り下げていくかんじだから、
あんまし他者はテーマになっていないから。

でも、8ハウスの職場というのは
そこにいる人を傾倒させる要素があるので、愛社精神とか骨をうずめるとか息苦しいものになります。
それから茶道や華道の家元制みたなかんじ。ファミリーの結束の強いマフィアのイメージもある。

「ゴットファーザー」あれ、全シリーズを続けてみたことがあったけど
痛いけどすごいと思いました。疲れたけど(笑)
2ハウスは自分で稼ぐから、こっちのほうが自由業のイメージです。

なので、6ハウスだけじゃなくて8ハウスも自由業というより組織没入型になる要素あるな。

うわー、書いた書いた、したら超気分いいわ。突破したかんじだ。
やっぱ8ハウスは重いぜ。でも好きなハウスなのです。蠍座もね。

で、また民生ちゃんで

切羽つまった だけどそいつバネになる ♪
終わらない冬も明けない夜もないさ ♪
いつもヒヤヒヤさ 悪くないぜ ♪

寝る間を削って ノルマを課して ♪
容赦なし だけどそいつは密の味 ♪

ってそう。密の味。
なんか結局ギリギリ追いつめられてやるのけっこう好きなんですよね。
自作自演(笑)

裸んなってー 風きってー いこう ♪

ドンマイ、なるようになるよ。
# by 11mei | 2009-09-04 23:58 | 発破をかける
資生堂UNOはやっぱしビートルズでしょ
資生堂UNOのCM、に惹かれちょります。
資生堂uno公式ページ

この音楽がずっと離れない

妻夫木くんと小栗くんと瑛太さんと
ブラッディマンデーにでてて三菱東京UFJのポスターやってる男の子 4人がでている
ポスターを電車でみたけど、ビートルズ意識してるよね。
で、妻夫木くんがポール・マッカートニー
小栗くんはジョン・レノンで三菱の人はリンゴ・スターで
瑛太さんがジョージ・ハリスンにしちゃえと思った。

とか
個人的に物申したいこと満載のソフトバンクモバイル
でも、CMはおもしろいなー。
スマップがセレブっぽい類の面々とでてくるCM
あれもカッコイイよね。
ヤツパシ中居くんが、いっちゃんダンスうまいと思う。

携帯関係は華やかでカッコいいけど、実態は嘘クセーと思ってる。
つーか広告つーもんが虚像なのだから当たり前ですね。

私は子どもの頃からイケメンには興味がない。
なので、女性のモデルをみていいなーと思うのと同じ感覚でみている。

カッコいいCMやら若者たちのファッションやら秋色のショーウインドーやら
をみてワクワクしたりする。

学生の頃、リバイスやリーのジーンズがまだ珍しかった頃
ケッズやコンバースのスニーカーが珍しかった頃
その頃からミーハーだった。

そいうのは、本当はどうでもいいと思っているのに。
ちゃらちゃらして嘘くさいものをいくら求めても満足できない。
一時楽しいけれど、結局空しいだけ。
実にくだらん、と思う。

だけど、一時はやっぱり惹かれる。

で、これは太陽と月の分裂なんだけど
結局両方やらなきゃ満たされないのかもしれんねーとあきらめた。
両方やるのって忙しいなー。

なのでこんなに生きにくい!!!
# by 11mei | 2009-08-31 23:16 | 私だけ~?


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